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2018年2月1日木曜日

剥げた楽器


剥げた楽器

ギターやベースなどは弾いている内に必ず傷が付く。
古い楽器の場合は塗装が剥げて木がむき出しになる。
それをぼろいギターと見るか、いい感じにヤレているな、と見るかはおそらく人それぞれだろう。
新品で買ったギターで練習して、一通り掃除をしてケースにしまう。
そして、またケースから出して練習し、一通り掃除をしてケースにしまう。
その内に手が滑ってテーブルの角にギターをぶつける。
幸い割れはしなかったが小さい楔型の傷が付いた。
いい気になってじゃかじゃかやったらピックのあとがいつの間にか線傷になっている。
そのころにはもういちいち掃除もしないし、ケースにもしまわない。
ヘッドのあたりに埃がたまり、指板には爪のあとがつき、とりあえず簡単なコードは全部押さえられるようになっている。
その先は本人の熱意と努力次第だが、こうして楽器は傷やはがれをまとっていく。
真新しい楽器ももちろんいい。
しかし、歴戦の鬼軍曹のようなたたずまいのギターやベースを見ると愛おしく思えてくる。
同じギターでも同じふうには傷つかない。
たとえ、量産された古い国産ギターでも枯れ方、育ち方が全然違ってくる。
中学生の時にフェンダーストラトキャスター1957年サンバーストのデッドストックを楽器屋で見たことがある。
いくらの値が付くかわからないと店員も珍しがっていた。
生まれてから、弾かれることなくずーっとケースで眠っていたギターだ。
美しすぎるミイラみたいなものだろうか。
いま、私の手元には死蔵された楽器がたくさんある。
いつかは壊れて使えなくなる日が来るのだろうが、いい感じにヤレて、しかし弾かれずに年輪を重ねられずにいる。
かといって1957年のストラトのように貴重なモノは持ってはいない。
昔買えなかった楽器を折りにつれ集めてきただけだ。
みんな一点モノ。
傷もこすれもはがれもへこみも、世界に一つだけのヤレを纏う。
その価値を少しでも感じてもらえる人に譲り、楽器たちを解放していきたい。

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