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2020年7月8日水曜日

サイパン


サイパンに行った時のこと。レンタカーを借りて、島を一周した。

市街地のガラパンからずっと北の方に走り、第二次大戦の慰霊碑などを見学しつつ、晴天の戦闘に思いを馳せたりした。

米軍は火炎放射器で草も人間も焼き尽くす。そんな映像や断崖から飛び降りるもんぺ姿の婦人など、いまはネットでいつでも検索できるがその当時は終戦の時期になると特集される戦時の映像でしか知らないそれらを思い出しつつも余りに晴れていて、雲もくっきりといろいろな形をして、短パンの不埒な連中は平和享受のただ中。馳せた思いも薄く、まるで実感がわかない。

時はバブルはじけてすぐ。まだ長期にわたる不況が日本を覆い尽くすなど知る由も無し。そして腹を減らして我々はさらに北に向かった。北に入くにつれ何もなくなっていく。雨林が続き、天気もころころと変わる。このまま、昼抜きか? と諦めた頃に一件のレストランがあった。

そのレストランではチャウダーを頼んだ。クラムチャウダーでないことを願いつつ出てきたそれにはやはり貝がはいっていた。貝は嫌いなのだ。しかし空腹にまかせたくさん入った貝をよけつつよけつつスプーンで口に運ぶ。パンが付く。食べ放題。

私がいいたいのはそのパンのことだ。フランスパンのような細長い楕円でサイズとしては二十センチぐらいの、上面にあらかじめ焼けたときにひび割れるようにナイフで筋をしているパンだ。粉を振って落としたのか、薄いきつね色にしろっぽくなっている。このパンが、パンが、うまかった。見かけによらずソフトで口の中に入れるとほのかにまだ温かく、しばらく味わっていなかった麦の味が下をくるっと包み込む。そして歯ごたえはみっちりとしていて、甘みがある。何もつけなくてもそれだけでいけてしまうが、バターをつけるとさらに油分に忍んだ塩気がなかのみっちりした生地の甘みを立ち上らせる。柔らかいが密度が濃いのでようく噛む。その間麦の風味が噛むたび内鼻にふんっ、ふんっと香り抜ける。

私はおどろいて同行のみんなにひとりで興奮して、このパンうまい、うまい、を連発していた。しかし、密度が濃く、二本でもう満腹をとうに過ぎた。

パンのうまさに感動しつつワゴンに乗り込んだ。今度は私が、入り口のステップに座る番だ。定員を一人オーバーしていた。森林の中をひたすら走り抜けているのが見上げた窓からの様子で何となく分かる。ステップの横で体育座りをしながら、繁華街の反対岸のサイパン島を免税店をめざし南にむかった。27


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