時間崇拝
時間がかかっているからいい。苦節何十年。構想から三十年。製作期間丸五年。時間がかかっているのだから凄いに決まっている。こんだけ時間がかかったのだからおもしろくないわけがない。これだけ時間がかかったらば。時間と質は相関関係にあるか。よく、勉強の時間を高校三年の二学期、競った。きのうは四時間勉強した。ああ、負けた。負けて焦った。今度は勝った。相手が焦った。これだけ勉強したら、という安心感を求めた。でもそれほど成果は上がらなかった。しかし、いきなりできることもある。たとえば、ずっと基礎練習を重ねていたら、短期間で難易度の高い技を次々とマスター出来た、とか、あるときから急に仕事の成果が現れだしたなど、きいたり自分でも経験したり。しかし、時間をかければいいと言うことでもないと本当は知っている。時間は平等でもその結果は不平等かもしれないし、密度も不平等かもしれないが、でも、時間は経過する。一刻たりとも止まらない。せめて時間が世界をよくすると思いたい。過ぎた時間をいつまでも惜しみたくない。
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